開業して最初の月末、レセプトを締めて「これですぐ入金だな」と思っていたら、実際の入金は思っていたより先だった。保険請求を経験した柔道整復師なら、一度は通る道です。
この記事を読めば、保険請求(療養費)がどう流れて、どこで入金が遅れ、何を守れば返戻や指導のリスクを抑えられるのかが、開業前に一通りつかめます。
結論から言うと、押さえるべきは3つだけです。対象の線引き、請求書類の裏づけ、そして入金まで1〜2か月かかる前提の資金計画。この3つを開業前に決めておけば、請求業務で慌てることはぐっと減ります。
私は25年の臨床と14年の経営のなかで、保険請求と正面から付き合ってきました。制度の細かな運用は改正されていくため、ここでは変わりにくい考え方と実務の流れに絞ってお伝えします。
保険請求の土台は「受領委任」と「対象の線引き」
整骨院の保険請求は、患者さんが窓口で一部負担金だけを払い、残りを施術者が保険者へ請求する仕組みで成り立っています。これを支える取り決めが受領委任です。開業するなら、受領委任の取扱いを地方厚生(支)局へ申し出て、施術管理者としての要件(実務経験と施術管理者研修の修了など。実務経験は2024年4月以降の届出で3年以上)を満たす必要があります。ここが最初の関門です。
もうひとつの土台が、療養費の対象の線引きです。対象になるのは、急性または亜急性の外傷性の打撲・捻挫・挫傷などです。骨折や脱臼は、応急処置を除いて医師の同意が必要になります。逆に、日常生活による疲れや肩こり、慢性的な痛みだけを理由にした施術は、保険の対象外です。
理由は単純で、療養費は「けがの治療」への給付だからです。線引きが曖昧なまま請求すると、あとで返戻や査定で必ず突き返されます。それ以上に、不適切な請求は受領委任の取消しにまでつながりかねません。
私の基準は、迷ったら請求しない、です。開業して間もない頃、「どこか痛い」という来院理由だけで、けがの原因がはっきりしない患者さんがいました。売上のことが頭をよぎりましたが、原因を確認できない以上は保険で扱いませんでした。自費でのご案内に切り替えたところ、中には納得いかずに帰られる患者さんもいらっしゃいました。それでも、あの判断は間違っていなかったと思っています。売上を少しでも伸ばしたい時期ほど、この一線が効いてきます。
適正請求は、書類の裏づけが決め手になる
では、何を守れば適正な請求になるのか。答えは、施術の事実と申請書の内容が一致していることです。
具体的には次の3点です。
- けがの原因を、患者さんから聞き取ったとおりに記録する
- 施術録に、来院ごとの状態と施術内容を残す
- 申請書の内容を患者さんに確認してもらい、確認の証を得る
理由は、保険者が申請書を審査するとき、施術の実態を確かめる材料がこの書類だからです。負傷原因があいまい、施術録が薄い、患者さんが内容を知らない。こうした状態は、内容の照会や患者さんへの確認のきっかけになります。
ここで念のため書いておきます。この記事は、請求額を増やす方法を紹介するものではありません。部位の数え方や記載の工夫で保険者の審査をくぐり抜けよう、という発想は、適正な請求とは正反対です。実際に行った施術を、実際のとおりに記録する。これに尽きます。
領収証と明細書の扱いも、開業前に整えておきたい実務です。患者さんに費用の内訳が伝わるよう、発行の方法と保管のルールを決めておきましょう。
入金まで1〜2か月。開業初期の資金繰りを先に組む
開業初期に、意外と効いてくるのが入金のタイミングです。
保険請求は、施術した月の分を翌月10日までに提出し、審査を経て入金されます。施術から実際の入金までは、1〜2か月ほどかかるのが一般的です。保険者によって差があるため、正確な時期は加入する各保険者の案内で確認してください。
この時間差が、そのまま資金繰りの負担になります。私の場合、開業して数か月、患者さんが思うように増えないことに加えて、通帳の残高が減っていくことに焦りを感じました。保険分の入金がまだ先で、手元の資金だけが先に細っていく感覚でした。
対策はシンプルで、開業資金の見積もりに「入金待ちの1〜2か月分の運転資金」を最初から入れておくことです。家賃、光熱費、消耗品、自分の生活費。これらを2〜3か月ぶん賄える余裕を持って、開業日を迎えます。窓口の自費売上で回せるかどうかも、あわせて試算しておくと安心です。
なお、資金繰りの手段を探して、療養費の入金を担保にお金を借りたり、請求権を売ったりする方法が気になる方もいるかもしれません。受領委任のもとでは、療養費の受け取りに関する取り決めに制約があります。手を出す前に、必ず厚生局や保険者の案内で確認してください。
返戻・査定が来たら、慌てず「事実」に戻る
どれだけ丁寧に請求しても、返戻(書類の不備などによる差し戻し)や査定(減額)はゼロにはなりません。大切なのは、来たときの動き方です。
対応の基本は、感情で動かず、記録に戻ることです。返戻の理由を読み、施術録と申請書を突き合わせ、事実と食い違う点があれば正す。保険者の判断に納得できないときは、根拠を確認したうえで問い合わせます。
返戻は「怒られた」ではなく「書類の精度を上げる材料」と捉えるのがコツです。私も、書類の記載漏れや施術録との食い違いで返戻を受けたことがあります。原因を洗い出してみると、閉院後に疲れた状態でまとめて作業していたのが一因でした。そこで、その日の施術録はその日のうちに整えるよう運用を変えたところ、同じ種類の返戻は目に見えて減りました。同じ原因の返戻が続くようなら、それは運用に穴があるサインです。
もうひとつ、個別指導や監査といった仕組みがあることも、知っておいて損はありません。適正に請求して記録を残していれば、必要以上に恐れる対象ではありません。大切なのは、日々の記録が「いつ見られても説明できる状態」であることです。
一人で回すなら、請求業務の持ち方を決めておく
一人開業の場合、施術も受付も請求もすべて自分の手にかかってきます。請求書類の作成は、閉院後の時間にまとめて処理する形になりがちです。
私は、請求業務そのものは自分の手元に置いてきました。適正性の最終確認は、施術者本人にしかできないからです。一方で、入力や集計といった機械的な作業は、ソフトに任せる余地があります。ソフトの選び方は別の記事で比べているので、そちらも参考にしてください。
「全部自分で」でも「全部丸投げ」でもなく、確認は自分、作業は道具。この線引きは、一人開業全体の考え方(一人開業の実務で詳しく書いています)とも通じています。
まとめ
整骨院の保険請求で押さえるのは、対象の線引き、書類の裏づけ、入金までの時間差の3つです。どれも難しい話ではなく、開業前に決めておくかどうかの差にすぎません。
適正に請求して、記録を残して、資金には余裕を持つ。地味ですが、これが長く続けるための土台になります。
なお、療養費の制度や取扱いは改正されることがあります。実際の運用は、必ず地方厚生(支)局や加入先の保険者の最新の案内で確認してください。この記事は一般的な解説であり、法的な助言ではありません。


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